2017年7月7日金曜日

やや日めくり憲法 76条<司法権>


<日本国憲法 76条>
1 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の
 定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

2 特別裁判所は、これを設置することができない。
 行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。

3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその
 職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。


 「立法」「行政」と続いて、この条文から「司法」という国家作用が登場します。

 「立法」は法を創ること、「行政」は法に基づいて活動する働きのことでした。
そして「司法」は、紛争解決のために法を適用して裁くという働きを指します。
犯罪行為をした人間に対して、逮捕したり訴追したりするのは警察や検察と
いった「行政」の働きによるものですが、有罪か無罪か、また、どれだけの
刑罰を与えるかを裁くのは「司法」の働きです。


 私たちの憲法は、「司法」の権限を、他の国家作用を担う「国会(立法機関)」
と「内閣(行政機関)」とは独立した存在である、最高裁判所を頂点とする裁判
所組織に委ねました(最高裁判所の下には、高等裁判所、地方裁判所、家庭
裁判所、簡易裁判所がといった下級裁判所があります)。
 いわゆる「三権分立」ですね。
 「権力をしばる」「権力が暴走するのを防ぐ」という立憲主義の思想にとって、
司法権が他の権限から独立していることは必須といってもよいでしょう。


 第2項で設置できないとされている「特別裁判所」とは、特別の人間または
事件について裁くために、通常の裁判所の系列に属していない機関のことです。
 戦前の「軍法会議」がその典型です。戦前の「軍法会議」は、軍隊内だけで
処理されてしまい、裁判所がクチを出すことはできませんでした。
 私たちの憲法下では、どんな紛争も、最終的には最高裁判所を頂点とする
裁判所組織での裁きを求めることができるようになっています。


 なお、「家庭裁判所」は家庭にまつわる事件を扱うために特に設けられた
裁判所ですが、ちゃんと最高裁判所を頂点とする系列に組み込まれている
「通常裁判所」の一つです(地方裁判所と同等の位置に立つ機関です)。


 ちなみに、先ほどは「どんな紛争も」と言いましたが、正確には「法律上の
争訟」であることというしばりがあります。
 これを語りだすとキリがないですが、例えば、アッラーとイエス・キリストの
教えはどちらが正しいか、なんていう宗教的論争について裁いてほしいと
言われても、法を適用して判断できることではないのでムリだせ、というような
話です。


 第3項は、「裁判所」だけでなく、一人ひとりの「裁判官」の独立も保障されて
いるということです。裁判官は、具体的事件を扱うにあたって、公平でなけれ
ばならないことは当然ですし、権力者の意向を「忖度」する必要もないし、
また、してはならぬのです。
 また、事件を担当していない他の裁判官の意向だって同じです。
 事件を担当している裁判官に対して上級の裁判官があれこれクチを出す
ことも「裁判官の独立」を侵害するものとしてNGなのです(しかし、過去にその
ようなことが行われたとされる事件がありました。
(詳しく知りたい方は「長沼ナイキ訴訟」「平賀書簡」という用語を検索してくだ
さい)。


 裁判所という組織が国会・内閣から独立していることと、個々の裁判官の
独立が保障されているということは、ともに「権力をしばる」「権力が暴走する
のを防ぐ」ために必要なことなのです。